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研究紹介 Research |
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主要論文を中心に、これまでの研究の概要を紹介します。 |
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テラヘルツ波を用いた新奇物性物理現象の探索
Terahertz spectroscopy for physics in condensed matters
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テラヘルツ波とは、可視光よりも数百倍波長が長く、「光」と「電波」の中間に位置する特殊な電磁波です。
近年のレーザー科学技術の発展とともにテラヘルツ領域における分光技術が著しく進展し、大きな研究分野を形成するようになりました。
1光子あたりのエネルギーがmeVスケールと非常に小さいため、物性物理学において本質的に重要なフェルミエネルギー近傍の電磁応答やその詳細な時間変化を調べることが可能です。
このテラヘルツパルスを用いて様々な物質系における興味深い物理現象を探索し、新しい光物性研究分野を開拓することを目的に研究を行っています。
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高強度テラヘルツパルスに誘起された非平衡BCS状態のダイナミクス
"Nonequilibrium BCS State Dynamics Induced by Intense Terahertz Pulses in a Superconducting NbN Film",
R. Matsunaga and R. Shimano, Phys. Rev. Lett. 109, 187002 (2012).
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近年1MV/cm級の極めて強いテラヘルツパルスの発生技術が進歩したことで、テラヘルツ領域で物質の性質を計測するだけではなく、テラヘルツ波によって物質の性質そのものを変えるという新しい光学測定が注目を集めるようになりました。
本研究ではこの高強度テラヘルツパルス光源を用いて、非平衡BCS超伝導体の超高速ダイナミクスを調べました。
典型的なBCS超伝導体であるNbNのBCSギャップエネルギーはテラヘルツ領域(〜meV)にあります。
そこで、高強度テラヘルツパルスでBCS状態を励起することでBogoliubov準粒子を高密度に生成して非平衡BCS状態を実現し、その変化のダイナミクスをもう1つのテラヘルツパルスでプローブするという「高強度テラヘルツ波ポンプ-テラヘルツ波プローブ分光」を行いました。
これは従来の可視光(>1eV)による励起とは異なり、余剰エネルギーによってフォノンを放出することなく共鳴的に直接準粒子を励起するため、高強度テラヘルツパルス電場のモノサイクル時間内に瞬時に準安定な非平衡BCS状態に到達することを明らかにしました。
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非断熱的テラヘルツパルス励起によるBCS状態のヒッグスモードの観測
"Higgs Amplitude Mode in BCS Superconductors Nb1-xTixN induced by Terahertz Pulse Excitation",
R. Matsunaga, Y. I. Hamada, K. Makise, Y. Uzawa, H. Terai, Z. Wang, and R. Shimano, Phys. Rev. Lett. 111, 057002 (2013).
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自発的に対称性の破れた系では、オーダーパラメーターの揺らぎに相当する2種類の集団励起モードが存在しています。一つは位相方向の振動に対応する「南部-ゴールドストーンモード」、そしてもう一つが、振幅方向の振動に対応する「ヒッグスモード」です。ヒッグスモードは素粒子に質量を与えるメカニズムとして大きな注目を集めているヒッグス機構と深く関連しています。テーブルトップの実験によってヒッグスモードを観測することは、大型加速器実験よりも遥かに安価に、かつ様々な物理パラメーターを用いて対称性の破れた系の性質を調べることが出来るためとても重要です。しかしヒッグスモードの検出は一般には容易ではありません。特に純粋なs波のBCS超伝導状態は、真空状態と高い類似性を持ち、物理学の歴史上でも自発的対称性の破れやヒッグス機構等の基礎的な概念の形成に大きく関与してきたにも関わらず、ヒッグスモードはこれまで観測されていませんでした。
BCS超伝導状態に対して非断熱的な摂動を与えた場合、つまり状態が応答できる時間よりも短い時間で瞬時的な摂動を与えた場合に、ヒッグスモードが出現することが理論的に予測されていました。本研究では、s波の金属超伝導体NbTiNに対して、モノサイクルの高強度テラヘルツパルスで瞬時的な摂動を与え、その時の超高速な変化をテラヘルツ領域の電磁応答を通して調べました。ここで、超伝導ギャップと同程度の光子エネルギーを持つテラヘルツパルスを用いて励起することが最も重要です。可視域のように光子エネルギーがもっと高いパルスレーザーを使うと、励起されたホットキャリアの膨大な余剰エネルギーによって格子系が加熱され、発生した大量のフォノンによってBCS状態がゆっくりと励起され続けてしまい、非断熱的励起の条件が満たされなくなってしまうからです。1.5ピコ秒のテラヘルツパルス幅よりも長い応答時間を持つ試料を用いて非断熱的励起の条件を十分満たすことで、励起直後から数ピコ秒の間、オーダーパラメーターがコヒーレントに振動する現象が観測され、理論的に予測されるヒッグスモードの振る舞いと非常によく一致しました。
この実験により、純粋なs波BCS状態のヒッグスモードが初めて観測されました。これにより瞬間的に励起された非平衡量子凝縮相が示す非自明な応答の研究が大きく進展すると考えられます。またこの手法を他の系、例えば異方性を持つ高温超伝導体やマルチギャップ超伝導体、複数の相が共存・競合する複雑な凝縮状態等に適用することで更なる理解に繋がると考えられます。さらに、超伝導状態のオーダーパラメーターを光によって1ピコ秒の時間スケールで超高速にコヒーレント制御するという技術の開発にも繋がることが期待されます。
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非線形応答領域におけるBCS状態のヒッグスモードと光の共鳴現象の発見
"Light-induced collective pseudospin precession resonating with Higgs mode in a superconductor",
R. Matsunaga, N. Tsuji, H. Fujita, A. Sugioka, K. Makise, Y. Uzawa, H. Terai, Z. Wang, H. Aoki, and R. Shimano, Science 345, 1145 (2014).
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前項で説明したように、超伝導のヒッグスモードとはオーダーパラメーターの大きさが振動する集団励起モードです。超伝導のヒッグスモードは、電気分極や磁気分極を伴わないために電磁場と直接結合しない、つまりヒッグスモードの固有周波数に一致する周波数の光を照射しても何ら応答を示さないことになります。これが今まで超伝導体のヒッグスモードを実験的に調べるのが難しかった主な原因の一つでもあります。
しかし非線形相互作用が生じるほどの強い電場の下では、ベクトルポテンシャルの偶数次の項によって、スカラー量であるヒッグスモードと結合することができます。今回の研究で、ヒッグスモードの固有周波数の半分の周波数を持つ強い光が入射したとき、ヒッグスモードと共鳴してオーダーパラメーターが大きく振動することを発見しました。
周波数ωのテラヘルツ波が超伝導体に入射したときにオーダーパラメーターの大きさが2ωで振動し、この2ωがヒッグスモードの固有周波数2Δと一致すると振動が共鳴的に増強します。さらにこのとき、オーダーパラメーターの変化量とベクトルポテンシャルの積からなる非線形電流によって、周波数3ωの第三高調波が発生することが分かりました。またこれらの実験結果を、現象論的なモデルではなく、BCS状態におけるシュレディンガー方程式(=ボゴリューボフ-ドジャン方程式)に基づいた微視的な理論モデルで説明することができました。
ヒッグスモードと光の共鳴を利用してオーダーパラメーターの性質を調べるこの手法を他の超伝導体へと適用することで、高温超伝導体における対形成機構や、電荷秩序波などの共存・競合する相との関係性を調べる新たな手段となる可能性が考えられます。また集団励起モードと光が非線形に共鳴することで巨大な外場応答が引き起こされることを利用して、テラヘルツ帯の波長変換素子の開発に繋がることも期待されます。
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半導体単層カーボンナノチューブの励起子光物性
Optical properties of single-walled carbon nanotubes
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単層カーボンナノチューブは、直径約1ナノメートル(10億分の1メートル)、長さはその数百倍から数万倍以上にも達する1次元物質です。
その特殊な構造に起因して様々な興味深い性質を持つため、多くの分野にまたがって盛んに研究が行われています。
このカーボンナノチューブに光を当てて、その吸収や発光を調べることで、カーボンナノチューブの性質を調べることができます。
これにより、詳細な性質の解明、新しい物理現象の発現、将来のナノ光デバイスへの応用を目標に研究を行ってきました。
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アハラノフ・ボーム効果を利用したダーク励起子の直接観測
"Evidence for Dark Excitons in a Single Carbon Nanotube due to the Aharonov-Bohm Effect",
R. Matsunaga, K. Matsuda, and Y. Kanemitsu, Phys. Rev. Lett. 101, 147404 (2008).
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半導体の単層カーボンナノチューブの発光スペクトルを磁場中で測定しました。
通常観測されるナノチューブの発光は、電子とホールが結びついた「励起子(エキシトン)」の再結合によるものです。
発光する励起子のことを「ブライト励起子」と呼ぶのに対し、発光しない励起子の存在も指摘されており、こちらは「ダーク励起子」と呼ばれます。
ダーク励起子の性質はナノチューブの発光効率にも関わるため、ここ数年大きな注目を集めてきました。
このダーク励起子を観測してその性質を調べることがこの研究の目的です。
円筒断面を貫くように磁束を印加すると「アハラノフ・ボーム効果」が生じて、ダーク励起子が僅かに発光すると考えられます。
そのため磁場中でナノチューブの発光を調べることが重要です。
従来の実験では、非常に多くのナノチューブを磁場中で同時に測定する手法がとられてきました。
しかし数十テスラの強磁場を用いても、もともとナノチューブ一本一本には著しい不均一性があるために、全体としては不明瞭な変化しか観測することができませんでした。
この研究の最大の特色は、単一、つまりたった一本のナノチューブの発光の磁場変化を調べたことです。
これにより数テスラ程度の弱い磁場中でも一本一本のナノチューブのごく僅かな変化を詳細に観測することが可能になりました。
低温(20 K)でチューブ軸に平行に磁場を印加することでダーク励起子の発光を直接観測することに成功し、その存在を明らかにしました。
また、ブライト励起子とダーク励起子のエネルギー差が数meV程度であることが分かりました。
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室温でも安定に存在するトリオンの発見
"Observation of Charged Excitons in Hole-Doped Carbon Nanotubes Using Photoluminescence and Absorption Spectroscopy",
R. Matsunaga, K. Matsuda, and Y. Kanemitsu, Phys. Rev. Lett. 106, 037404 (2011) Editors' Suggestion.
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ホールをドーピングした単層カーボンナノチューブ試料を用いて、「トリオン(荷電励起子)」を観測することを目的に研究を行いました。
励起子が「電子とホールの2粒子の束縛状態」であるのに対し、トリオンは、励起子にさらにもう1つの電子またはホールが結びついた「3粒子の束縛状態」です。
これまでに半導体量子井戸や量子ドットでトリオンの研究が盛んに行われてきましたが、カーボンナノチューブではトリオンの観測例は報告されていませんでした。
この研究では、電子親和力の高い有機物ドーパントをナノチューブ溶液に加えることで、ナノチューブに余分なホールを大量に注入し、その吸収・発光スペクトルを測定することで、トリオンの観測に初めて成功しました。
興味深いのは、トリオンの発光が室温で観測されたことです。他の半導体で観測されてきたトリオンは熱によって壊れやすく、そのため極低温でしか安定に存在できませんでした。
一方、カーボンナノチューブでは電子-ホール間のクーロン引力が非常に強いために束縛エネルギーが大きくなり、室温でも安定にトリオンを形成していることが分かりました。
また他の半導体と比べて、カーボンナノチューブはスピン軌道相互作用が非常に小さくて交換相互作用が非常に大きいという違いがあるため、トリオンの性質にもそれを反映した特徴が現れます。
近年の理論研究ではナノチューブのトリオンと光を利用した新しいスピン操作の概念が提案されており、今後の進展が期待されます。
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