室谷悠太/Yuta Murotani

English
  • 2024/1/4
  • 名句選
    ひとりゐて常に泣けども
    人とゐて いと晴れやかに
    たのしげに振舞ふわれぞ。
    心の臓噛みてほろぼすいとなみの
    この悲しみにありもせば
    ああ 我がいのち既に無からめ。

       「ミニョンに」ゲーテ
    片山敏彦著、「ドイツ詩集」、新潮社(1954)

    一年前に紹介したゲーテの詩の続きです。
    「独りゐて」と「人とゐて」は音として響き合いつつ、意味の上で鮮やかな対比を作っており、
    翻訳ならではの美しさを加えています。
    また、そこに詠われたイメージは現代の孤独な人間像にも通じて痛切です。
    古い言葉の中に自らと同じ悩みを見出して、人は自分が一人ではないことを知るのです。
    文学の真骨頂であり、この詩の白眉と言えるでしょう。
  • 2023/7/3
  • 名句選
    いちばん早い星が 空にかがやき出す刹那は どんなふうだらう
    それを 誰れが どこで 見てゐたのだらう
       「夜の葦」伊藤静雄
    「日本の詩歌 23 中原中也 伊藤静雄 八木重吉」、中央公論新社(1974)

    リクエストを受けたので急遽。
    詩人は人と星と夜の出会いを想像します。
    それはもしかすると今日のことではなく、人が初めて星を見たときのことかもしれません。
    その瞬間、人類は誕生したのではないでしょうか?
  • 2023/5/1
  • 計算ノート偏光測定
    よくやる偏光測定についてまとめました。
    目次:
    1 偏光の表現
    2 バランス検出
    3 複屈折媒質による応答
    4 電気光学サンプリング
    付録A 電気光学効果
  • 2023/4/1
  • 名句選
    我こそは問いを唱える者、
    そして同時に、答えを探す者。
       「原神」

    世界の謎に立ち向かい、その使命に殉じた女神の最期の言葉(の一部)です。
    神に託されてはいますが、私にはこの台詞が人間の定義とも感じられます。
    問いを唱え答えを探すこと、その意味は私たち研究者も常に見つめ続けていなければなりません。

    ……一年続けてきたこの名句選も少し内省的になりすぎたようです。このあたりで一区切りとしましょう。
  • 2023/3/1
  • 名句選
    私はこのイタリアの歴史を書くべきだと思った。
    ……不変で永遠なるものの唯一の歴史を、つまり神話を。
       「キリストはエボリで止まった」
    カルロ・レーヴィ著、竹山博英訳、岩波書店(2016)

    第二次世界大戦中、ファシズムのイデオロギーから遠く離れたところで、イタリアの民衆は古代から変わらぬ生活を続けていましたが、作家はそこに歴史を見出しています。
    明日にとっての昨日が歴史となり、歴史が神話となるならば、今日もまた神話の中にあると言えるのではないでしょうか。
    失われた神話はそこにしか見出しえないのだと思います。人が今生きてここにあるということにしか。
  • 2023/2/1
  • 名句選
    私たちが生きているのは孤独の時代と言えるでしょう。私たちの誰もが、とても孤独です。文化や芸術の中に、人間性を失わないためのよりどころを探さなくてはなりません。
       スベトラーナ・アレクシエービッチ
    朝日新聞、2023年1月1日、朝刊

    「僕はよりどころを探して生きている」とは、私がとある飲み会で言った言葉ですが、
    ごく個人的な感懐であると同時にそれは時代の趨勢でもあるのでしょう。
    「生きることは、この世界になるべくたくさんの錨を下ろすこと」でもあります。
    詩や物語も錨です。個人的には、最近そこにピアノ演奏が加わりました。
    物性研の6階にピアノがあり、そこから見る夜景は、柏の葉公園を背にまばらな灯りが浮かび、
    遠くに都市やニュータウンの光が輝いていて、孤独な現代人の心象を映しているかのようです。
  • 2023/1/4
  • 名句選
    いと麗はしき装ひのきぬ取り出でて身には着つ
    今日の祭りを祝はんと
    われは来つれど この胸を
    千々に噛み裂く悲しみを
    隠し耐ふると
    人は知らじ。
       「ミニョンに」ゲーテ
    片山敏彦著、「ドイツ詩集」、新潮社(1954)

    報われぬ恋心を詠った詩の一節です。
    恐らく私が抜き書きした最初の詩、それだけ衝撃を受けたのでしょう。
    文語の響きが、恐らくは原詩にすらない独特な哀切さを作り出していると思います。
  • 2022/12/1
  • 名句選
    わたしに与えられたものは これだけ
    わたしに与えられたものは これだけ
       「あらたなる生」フォルーグ・ファッロフザード
    鈴木珠里ほか編訳、「現代イラン詩集」、土曜美術社(2009)

    20世紀中葉のイランで女性の声を詠った詩人です。32年の生涯は、まだイスラーム革命が起きる前。
    人は誰しも「これだけ」を抱えて生きていますが、彼女が見た「これだけ」と、今の世界にある「これだけ」とは、どのように変わったのでしょうか。
  • 2022/11/1
  • 名句選
    この “奇妙な” 理論の意味は
       リチャード・ファインマン
    戸田盛和訳、「ファインマン物理学IV 電磁波と物性」、岩波書店(2002)

    ノーベル賞物理学者が電磁気学を評して言った言葉です。
    電磁気学といえば現代社会の根幹であり、実用性も数学的な美しさも兼ね備えた理論として完成されています。
    そのような整然とした物理法則でさえ、ときに物理学者が困惑するほどの奇妙な振る舞いを示すのです。
    現実社会の不可解さもまた、そのような奇妙さの積み重ねに端を発しているのかもしれません。
  • 2022/10/3
  • 名句選
    人は星にまで名を付けてしまった、彼らは名など
    必要としていないことを考えもせずに。
       フランシス・ジャム
    安藤元雄・入沢康夫・渋沢孝輔編、「フランス名詩選」、岩波書店(1998)

    それでも人は星に名前を付けてきました、この地上で生きていくために。
    詩人とは少し違った視点から、SF作家は次のように書いています。どちらがお好みでしょうか。

    人間は宇宙の星にも惑星にも、次から次へと名前をつけまくった。ひょっとしたらすでに自分の名前を持っているかもしれないのに。
       「ソラリス」
    スタニスワフ・レム著、沼野充義訳、早川書房(2015)
  • 2022/9/1
  • 名句選
    光に従って夜を越え
    星を辿って海を渡る
       「原神」

    「原神」というゲームに出てきた台詞、美しい対句です。
    特に典拠はないようですが(個人調べ)、中国語の原文も八字ずつの対になっていました。漢文の伝統の上にあることを感じさせます。
    対句には言葉の力が凝縮されており、それは時として危険なこともありますが、人を励ましてくれるのも確かです。
    シェイクスピアの次の言葉にも、対句的な発想が見て取れるように思います。

    消え細るさだめの月が蝕に耐えて長らえる場合もあるし、
    不吉な予言者が当らなかった自分の言葉をあざ笑う時もある。
       ソネット107番
    柴田稔彦編、「対訳 シェイクスピア詩集」、岩波書店(2004)
  • 2022/8/1
  • 名句選
    一つの言葉の力によって
    僕の人生は再び始まる
    僕の生まれたのは 君と知り合うため
    君を名ざすためだった

    自由 と。
       「自由」ポール・エリュアール
    安藤元雄・入沢康夫・渋沢孝輔編、「フランス名詩選」、岩波書店(1998)

    20世紀フランスの詩人エリュアールの作から結句を取りました。
    第二次世界大戦中、ドイツ占領下のフランス各地にイギリス空軍機がこの詩を降らし、フランス国民を力づけたのは有名な話です。
    エリュアールはこの詩の中で、「自由」を定義しませんでした。つまり、それは各人各様の自由であってよいのだろうと捉えられています。
    しかし、自由を獲得するために血の代償を支払ったフランスにおいて、自由を守るための闘い、つまり民主主義だけは、誰もが守らなければならないものと理解されていたはずです。
    民主主義が意識的に守っていかなければならないものであることは、日本でももっと認知されなければならないのではないでしょうか。
  • 2022/7/4
  • 雑学
    今年3月、地球から129億光年離れたところにある星の発見が発表されました。→リンク
    現在の宇宙年齢が138億年ですから、宇宙がかなり若かったころの星になります。現在の最遠方記録です。
    あまりにも遠いため、普通は銀河の中に埋もれてしまうはずですが、重力レンズ効果によって星一つが大きく引き伸ばされ、単独で観測できるようになったとのことです。
    この星にはエアレンデル(Earendel)という愛称が付けられました。
    エアレンデルと言えば、指輪物語に出てくる「エアレンディル(Eärendil)」ですね。
    明けの明星を携えて天空を旅している人物で、中つ国第三紀では既に、祈りの対象となるような神話的な存在となっていました。
    実は、「Earendel」は古英語で明けの明星を指す言葉で、トールキンもそこから名前を取ったと言います。
    NASAの研究者たちは星の名付けに際してトールキンに影響を受けたようです。→リンク
    開けたばかりの宇宙に明けの明星が輝いている――何ともロマンチックなイメージではないでしょうか。
  • 2022/6/1
  • 名句選
    「見張り番よ 夜はもうすぐ明けるだろうか?」
       わが慰めはいずこに?
    森孝明訳、「メーリケ詩集」、三修社(2000)

    私は夜というものが好きなので、また夜に関する一句です。
    19世紀ドイツの詩人メーリケの詩から取りましたが、もとは聖書に由来するようです。
    アッシリアやバビロニアといった帝国に翻弄され、戦火に潰えた小国エドムへの預言として、イザヤ書に次のような会話が残されています。

    「見張りの人よ、今は夜の何時か。
     見張りの人よ、今は夜の何時か。」
    「朝は来る、だが、まだ夜だ。
     尋ねたければ尋ねよ。
     もう一度来るがよい。」(イザヤ書21章11-12節、聖書協会共同訳)
  • 2022/5/1
  • 名句選
    願わくはよるを連ねてけず
    一年すべ一暁いちぎょうならんことを
       読曲歌八十九首 其の五十五
    川合康三訳、「中国名詩選(上)」、岩波書店(2015)

    前回とのつながりで、再び夜にまつわる漢詩の一節です。
    「どうか夜が続いて空けることなく 朝は一年に一回きりであってほしい」
    読むほどに深い眠りの底へと沈んでいくように感じられ、つい身を委ねたくなります。
    といっても、本来はこれこそ夜明けの遠からんことを願う恋人たちの歌なのですが。
    この句を読んで不思議な感銘を受けるのは、書き下し文がきれいな五七調に乗っていることです。
    私がこの句に過剰なまでの深みを感じてしまうのはそのせいかもしれません。
    訓読の仕方はこれ一通りではないですし、五七調になったのもあくまで偶然ですが、このように文化さえ越えて歌が歌となる瞬間はとても奇妙な感慨を呼び起こします。

    ……ところで「一暁」まで読んだとき、私の眼前には鮮烈な日の出のイメージが浮かびました。
    さながら角笛城の合戦において、戦況を変える角笛の音が鳴り響いたときのように(指輪物語)。
    しかし調べてみると、「暁」はかつては夜明け前の暗い時間帯を指していたようです。
    なので最終行は「一年いつまでも夜明け前であったらよいのに」といった意味になりそうです。
  • 2022/4/1
  • 名句選
    夜は如何
    夜は未だきず
       詩経「庭燎」

    中国古典の一節です。「夜はどうなった?」「夜はまだ終わらない」という問答。
    伝統的な解釈では神事の進行を見守る官吏たちのやりとりとされています。
    一方で、もとは逢瀬を楽しむ恋人たちの語らいだったと考えている方もいます。
    作者名も残らないような古い時代の詩ですが、古典としてその後の文化にも影響を与えました。
    例えば魏の曹丕は、夜未央の句を借りて、眠れぬ夜に深まっていく悩みを表現しています。
    あるいはいつ終わるとも知れぬ艱難の中でこの句を呟いた人もいたかもしれません。
    こうして数千年前の詩が、とても現代的な響きを帯びます。
    読む人にその都度新しい共感を与えてくれるからこそ、古典は長く読み継がれていくのでしょう。
  • 2022/3/1
  • 雑学
    Q. 理科系科目の勉強をしていると、アルファベットPとSの組み合わせをよく目にします。
    【地学】P波とS波
    【化学】s軌道とp軌道
    【光学】p偏光とs偏光
    では、その由来は何でしょうか?

    A. みんなばらばらです。
    【地学】これは地震波の分類でよく目にしますね。由来はPrimary wave(最初の波)とSecondary wave(二番目の波)です。P波はS波より先に届くので、順番がそのまま名前になったのです。ただし、Pressure wave(圧力波)とShear wave(ねじれ波)という、正体を表す言葉を兼ねているとも言われます。
    【化学】メタンのsp3混成軌道などで見かけますね。原子核の周りを回る電子の軌道(原子軌道)を表す用語で、s、pの後はd、fと続きます。このように順番のある概念ですが、アルファベット自体に順序が隠されているわけではなく、Sharp(鋭い)、Principal(主要な)、Diffuse(広がった)、Fundamental(基本的な)の略です。もともと分光学で輝線の分類に使われていましたが、それらに特定の種類の原子軌道が関与していることが分かり、現在の用法が確立しました。その過程でfundamentalという言葉を割り当てる根拠が消失したのですが、記号はそのまま残されました。
    【光学】これはややマニアックな用語かもしれません。レーザーを使った実験でよく出てきます。光が物体に当たるとき、光の偏光(電場の向き)が入射面(入射光線と反射光線を含む面)に平行(Parallel)か垂直(Senkrecht)かという分類です。ドイツ語なので現代人には馴染みが薄いですが、英語の同義語(parallelとperpendicular)から取るわけにもいかなかったのでしょう。

    このように歴史的経緯で偶然似てしまった用語がある一方、電子殻(K殻、L殻、M殻、N殻……)のように、整然としたアルファベット順で作られた言葉もあります。後者があまりにも無味乾燥だと感じるのは贅沢な悩みなのかもしれません。
  • 2021/4/26
  • 名句選
    恙なく行けとは言わぬ、
    先へ進め、船旅する者たちよ。
       「ドライ・サルヴェイジズ」
    T. S. エリオット著、岩崎宗治訳、「四つの四重奏」、岩波書店(2011)

    気がつけば新年度も1か月が過ぎようとしています。
    研究員1年目は慌ただしく過ぎてしまいましたが、腰を据えて謎を解いていけるように頑張りたいと思います。
    今年は大学に入ってから10年の節目でもあります。
    恙なく、と願うだけでは足りないことを知った10年でした。
  • 2020/3/22
  • 計算ノート超電流は光によって誘起できるか?
    とある論文を読んで考えたこと。
  • 2020/3/6
  • 計算ノートMattis-Bardeen理論再訪
    PRB2019の補足ですが、未完。余裕があれば更新していきます。
  • 2020/2/22
  • 計算ノートアンダーソン擬スピンに対する非磁性不純物散乱の効果
    下に同じく備忘。解説記事(固体物理)の補足。
  • 2020/2/15
  • 計算ノート弱く相互作用するボソン模型の運動方程式
    備忘のため。D論からはみ出したもの。