研究内容

松永研究室で行っている研究内容の紹介です。

はじめに:光物性物理学とテラヘルツ非線形光学


現在進めている具体的なトピックをいくつかご紹介します。

過去には超伝導やカーボンナノチューブの研究を行っていました。その紹介はこちら



はじめに

光物性物理学とは

古代から人類は、宇宙から降り注ぐ光を観測して天体の運動を調べることによって、この世界を支配する法則に対する理解を深めてきました。ニュートンの分光実験やヤングの干渉実験、マクスウェルらによる電磁波の方程式の定式化や、水素原子のバルマー系列観測・アインシュタインによる光電効果の研究による量子力学の発展など、科学が重要な発展を遂げる場面の多くで、光を使った実験が深く関わってきました。

我々の日常生活においても光とその関連技術は欠かせません。光科学の基礎となるのは、「光が物質に当たったときに何が起こるのか」、つまり光と物質の相互作用を理解することです。人類はこれを深く理解することでやがて誘導放出という概念を確立させ、それを見事に実用化させてレーザーを手にすることに成功しました。レーザーの発明によって、自然界では決して得られないほど位相の揃ったコヒーレント光源が実現し、このレーザーを使った研究開発によって現代科学はさらに加速度的に発展しています。レーザーの発明から半世紀以上が経過した現代では、光源の安定化と高強度化が進み、波長変換技術も著しく向上しました。さらに超短パルス化によってピコ秒(=10-12 s)、フェムト秒(=10-15 s)、アト秒(=10-18 s)といった非常に短い時間で起こる現象を調べることも可能になりました。レーザーを自在に操るフォトニクス技術は今も日進月歩で深化しています。

一方で物質科学の分野においても、興味深い性質を示す物質が続々と発見されています。固体の中では電荷、格子、スピンなどの様々な自由度が存在するため、その多体効果によって多種多様な相と秩序が現れ、個々の原子・分子からは想像もつかない協同的現象が現れます。その中には超伝導磁性体のように、現代科学・技術を支える根幹材料として実用化された例も数多くあります。また半導体微細加工技術によって高品質な量子ナノ構造体が作られるようになり、さらにカーボンナノチューブやグラフェンのように原子一層レベルの微小物質も開発され、このような低次元系が通常のバルク物質では決して得られない性質を示すことが次々と明らかになりました。さらには近年になって物質をトポロジーによって分類する理解が進み、トポロジカル絶縁体やトポロジカル半金属が示す非自明な応答が精力的に調べられています。

松永研究室では、最先端の光技術を駆使して(1)新物質の未知の性質を解明する、(2)光によって物質を新たな状態へと変化させる、あるいは(3)物質を使って光を自在に制御することを目指して、光物性物理学実験の研究を進めています。

一口に光技術と言っても、その中身は多種多様です。透過・反射・発光スペクトル測定のようなシンプルなものから、ラマン散乱測定、顕微分光、イメージング、偏光計測、光電子分光、軟X線分光、さらにポンププローブ分光による時間分解測定など、様々な計測手法が存在します。さらに扱う光の周波数(波長)が変われば、必要な実験技術も変わります。市販の測定機器では可能な実験の範囲に限界があるため、自分たちの研究の目的と測定の原理を考えて、必要な光学実験装置を自分で組み立てることも必要です。ほかの研究分野と比べても、自分の目的に合わせて様々な実験装置を自分で設計し組み立てることを繰り返す点が光物性物理学の大きな特徴と言えるかもしれません。その過程において、様々な光技術と、その背景にある物理を学びます。光と物質の両面を通して非常に多くの自然科学と繋がりがあり、広い知識と技術と理解力を必要とし、そのぶん広い科学的視野が身につく、とてもやりがいのある研究分野だと思っています。

テラヘルツ波とは

テラヘルツ波とは、我々が日常使用する携帯電話などの電波よりも1000倍ほど周波数が高く、それでいて可視光に比べると周波数が数百倍低い、「光」と「電波」の中間に位置する特殊な電磁波です。 このような周波数帯の電磁波を自在に利用することは昔は難しかったのですが、レーザー技術と非線形光学が急速に発展し、レーザーの高強度化とともに様々な波長変換が可能になって、このテラヘルツ波を用いた分光技術が著しく進展しました。 セキュリティ、高速情報通信、非破壊非接触の生体検査や宇宙観測など様々な観点から興味を持たれ、大きな研究分野を形成しています。

テラヘルツ波は物性物理学・凝縮系物理学においても非常に重要です。 可視光のフォトンエネルギーが1.5 eVから3.2 eV程度であるのに対して、テラヘルツ帯の1光子あたりのエネルギーは数meVほどにまで小さくなります。 このエネルギー帯はちょうど格子振動(フォノン)、プラズモン、サイクロトロン共鳴、超伝導ギャップ、反強磁性共鳴などのような物性物理の素励起が現れる典型的なエネルギースケールに相当しているため、テラヘルツ波を用いることで物質の様々な性質を明らかにすることが可能です。 このテラヘルツ帯をはじめとして幅広い周波数帯にわたる光源技術を活用して、多様な物質系における興味深い物理現象を探索し、新しい光物性研究分野を開拓することを目的に研究を行っています。

高強度コヒーレント光源による非線形光学

テラヘルツ波の発生方法にもいろいろありますが、可視・近赤外領域のフェムト秒パルスレーザーから波長変換してテラヘルツパルスを作ることで、物質中で起こる様々な低エネルギー応答を約1ピコ秒(=1兆分の1秒)ほどの時間分解能で精密に計測することが可能になりました。 さらに近年では変換効率が向上し、1THzほどの周波数帯で1MV/cm以上の、20THzほどの周波数帯では数十MV/cmほどに達するような、極めて強い電場尖頭値を持つテラヘルツパルスを発生させることが可能になりました。この高強度テラヘルツパルスを用いると、テラヘルツ領域で物質の性質を計測する(=線形応答)だけではなく、テラヘルツ電場によって物質の性質そのものを変える新しい研究が可能になり、大きな注目を集めています(=非線形応答)。可視光と違って周波数が低く、それでいて1ピコ秒の短い時間だけ強い電場をかけることができるので、物質を破壊することなく非常に強い光電場を照射して物質を変化させることが可能です。

我々の研究室ではこのテラヘルツ周波数帯に加え、数十THzほどの高周波テラヘルツ領域(あるいは中赤外)に注目して研究を進めています。0.1THz-3THz付近の典型的なテラヘルツ領域と比べると、この領域ではあらゆる物質において格子振動による光の吸収が現れやすく、光源開発も検出技術もちょうど難しい周波数帯です。しかしその分、波長変換のエネルギー効率が高くなり、また電磁波の波長が短いために回折の影響を抑えて光を小さなスポットに絞り込むことができるため、非常に高い電場強度を実現することが可能です。また多くの物質がこの周波数帯に分子振動・格子振動の共鳴周波数を持つため、光電場で物質の格子の構造そのものを過渡的に変えてしまうことで平衡状態では起こりえない興味深い性質が現れる様子が相次いで報告されています。また中赤外領域の電磁波の周期は固体中の電子の散乱レートに匹敵する、あるいは上回るほどの速さに達するため、光と物質のコヒーレントな相互作用が色濃く現れます。我々の研究室では、中赤外にわたる高強度テラヘルツ波の発生方法の開発とともに、強いテラヘルツ電場によって固体中で生じる様々な現象を解明しながら、フォトニクスと物性物理学が融合した新しい研究を発展させていきたいと考えています。

高強度テラヘルツ波の発生イメージ

ディラック半金属における超高効率テラヘルツ高調波発生

強い光が物質に入射すると、非線形な相互作用によって光の周波数が変化します。その最も単純な例が第2高調波発生です。これは同じ周波数を持つ2つのフォトンが物質に同時に入射したとき、2倍の周波数を持つ1つのフォトンへと変換されるという現象です。我々の身近にある緑色のレーザーポインターのほか、光の周波数変換が必要な場面で活躍しています。 これは2次の摂動論で説明される非線形相互作用の例ですが、気体原子に非常に強い光を絞り込むことで、10次、20次、30次を超える高次の相互作用による高調波を発生させることも可能です。この高次高調波発生を利用することで、可視・近赤外域のレーザーを使ってX線領域の高エネルギーフォトンの生成が可能になり、アト秒パルス生成やレーザー光電子分光などの研究分野が飛躍的に発展しました。

2014年ごろから、このような高次高調波発生が固体の中でも生じることが話題になり、大きく研究が進展しています。固体ベースのコンパクトかつ安定なX線光源の開発に繋がる可能性が期待されるほか、摂動論では記述できない非摂動論的な光と物質の相互作用という点でも基礎物理学的に非常に興味深く、現在盛んに研究が行われています。

松永研究室では、このような固体ベースでの高調波発生について、可視域よりも周波数が数百倍低い、テラヘルツ周波数帯に注目して研究を進めています。松永は前所属である東京大学大学院理学系研究科島野研究室在籍時に、超伝導体のテラヘルツ非線形応答に注目し、超伝導薄膜から非常に強いテラヘルツ第三高調波が発生することを発見しました(Science 345, 1145 (2014))。これは秩序パラメーターが振動する超伝導特有の集団励起モード(ヒッグスモード)がテラヘルツ波と共鳴することによって引き起こされる現象です。超伝導体はテラヘルツ帯の非線形性が最も強い物質であるとも言われ、実際に宇宙物理学や天文物理学におけるマイクロ波観測においてヘテロダイン検出のための非線形素子として超伝導体が活用されています。しかし超伝導を実現するためには極低温まで冷却しなければなりません。もし室温で超伝導体並みの高効率なテラヘルツ高調波発生が実現すれば、高速エレクトロニクスにおける周波数変換技術として非常に重要な役割を果たすことが期待されます。

テラヘルツ周波数帯の非線形性という観点で注目を持たれているのが、グラフェンです。グラフェンは炭素原子のハニカム構造からなる原子一層の2次元物質で、電子が有効質量ゼロの相対論的粒子、つまりディラック電子として振舞うことが知られています。ここでいう質量ゼロというのは、質量が重い・軽いという定量的な話ではなく、相対論的な運動方程式に従って通常の電子とは質的に全く異なる振る舞いを示すということを意味しています。通常の電子は、最もシンプルなモデルではエネルギーと運動量の関係が放物線(=エネルギーが運動量の2乗に比例)によって近似されます。一方、ディラック電子はエネルギーと運動量が比例するという線形な分散関係を持っており、エネルギーバンドがディラック点で交差して1点で交わるのが大きな特徴です。

ディラック電子系に電場を印加したときの振る舞いを考えてみましょう。電子は電場によって加速され、運動量が変化します。ここで注意すべきなのは、分散関係の接線(傾き)が、電子の「速度」を表しているということです。ディラック電子の運動量が変化してディラック点を通過すると、傾きが「突然」変化して、電子の速度の符号が反転します。この電子の速度に比例して電流が流れ、その電流が電磁波を放射することになります。ここで周波数ωのsin波的な交流電場を印加した場合、電子がディラック点の周りを行ったり来たりするため、流れる電流は符号が突然反転するという矩形波的な時間波形を持ちます。これをFourier変換すると周波数3ω、5ωといった高調波成分を強く含んでいることになります。このようにディラック電子系は本質的に強い非線形性を内在しており、その非線形伝導を活かすことでテラヘルツ周波数帯の周波数変換が実現する可能性が期待されています。実際に2018年にグラフェンから室温のテラヘルツ高調波発生が報告され、他の物質を7桁から18桁ほども上回る飛びぬけて大きな非線形感受率を持っていることが明らかになりました(Nature 561, 507 (2018))。

しかしグラフェンのテラヘルツ高調波発生とその観測はそれほど簡単ではなく、上記の研究では観測のために巨大加速器が用いられました。観測が難しい理由は、グラフェンが2次元物質であることです。高効率に波長変換を行うためには、光と相互作用する体積をできる限り大きく稼ぐことが重要ですが、原子一層では実用的な周波数変換効率は望めません。さらにもう一つの大きな問題は、電子の散乱です。グラフェンの電子は、典型的には0.05ピコ秒(1ピコ秒=1兆分の1秒)ほどの時間で他の電子と衝突し、散乱が起こります。テラヘルツ波の電場の周期である1ピコ秒よりも遥かに短い時間で散乱されて運動量が変化してしまうため、「電子がバンド内で加速されてディラック点を横切る」という描像がどこまで正しく成り立つのかは決して自明ではありません。そのため観測された高調波の発生機構はよくわかっていませんでした。

松永研究室では、Cd3As2という物質に注目しています。これはグラフェンに類似したディラック電子としての性質を3次元的なバルクの中で示す、非常に珍しいディラック半金属と呼ばれる物質です。さらに電子の散乱時間が室温で0.15ピコ秒と非常に長く、通常の金属系やグラフェンと比べて散乱を受けにくいという性質を示します。厚さ240nmほどのディラック半金属薄膜を用いて実験を行ったところ、グラフェンをはるかに上回る超高効率なテラヘルツ第三高調波発生が室温で観測されました。

松永研究室ではこのようなテラヘルツ高調波発生の研究が、巨大加速器のような大型施設ではなく、テーブルトップのレーザーを使って自分たちで開発した計測システムの中で実現しています。そのためテラヘルツ高調波発生の起源を調べるための精密な時間分解測定が可能です。そこでテラヘルツパルスを駆使したポンププローブ分光実験を行い、テラヘルツパルス照射後の電子の緩和ダイナミクスや、テラヘルツパルス電場で揺さぶられている真っただ中の電子のダイナミクスを運動量方向に分解して詳細に調べました。その結果、高調波発生の起源が確かにディラック電子のバンド内コヒーレント加速機構であることを証明することに成功しました。

詳細は以下の論文をご覧ください。B. Cheng, N. Kanda et al., Phys. Rev. Lett. 124, 117402 (2020). 本研究はジョンズホプキンズ大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、物性研究所常次研究室の池田助教、および物性研究所LASORの板谷グループとの共同研究により行われました。

このディラック半金属薄膜は、テラヘルツ波よりも100倍近く周波数の高い中赤外の光に対しても非常に高効率な高調波を発生させ、可視域全体をカバーする11次までの高次高調波発生が観測されました。このように周波数が高くなると、バンド内の加速機構に加えてバンド間遷移による分極の効果も非常に重要になるためメカニズムが少し変わりますが、今後の固体ベースの高次高調波発生の高効率化に向けて非常に重要な物質であると考えられます。 現在もこのディラック半金属や、類似の性質を持つと考えられる物質を用いた、非線形応答と非平衡ダイナミクスに注目して研究を進めています。





ワイル反強磁性体のテラヘルツ巨大異常応答

電荷の流れを自在に操ることで発展した現代の「エレクトロニクス」に対して、物質が持つスピンの自由度まで活用した技術を「スピントロニクス」と呼びます。スピントロニクスデバイスはパソコンで用いられるハードディスクをはじめとして我々の日常生活に普及しており、今も活発に研究が進められています。 ただし高速データ処理という観点で見たとき、現在用いられている強磁性体のスピンの運動は原理的にギガヘルツ(=109 Hz)程度に制限されています。そのため次世代の高速スピントロニクスを目指す上で、テラヘルツ(=1012 Hz)周波数帯でスピン歳差運動が生じる反強磁性体に注目が集まっています。

しかしこれまで反強磁性体を用いたデバイスは実用化されていません。その大きな理由は、反強磁性体ではスピンが打ち消しあっているために全体としてほとんど磁化をもたず、そのため強磁性体のスピンと比べて外場に対する応答が極めて小さいということです。そのため反強磁性体が持つスピンの情報をデバイスの中で読み取ることがこれまで困難でした。

2015年に東京大学物性研究所の中辻研究室によって、Mn3Snという反強磁性体が、強磁性体に匹敵する巨大な異常Hall効果を室温で示すことが発見されました(Nature 527, 212 (2015))。この物質は、スピンが互いに逆向きを向こうとする力が積層カゴメ格子の上で生じるため、力が拮抗しあった結果温度などのパラメーターに依存して様々なスピン秩序が現れる、いわゆるフラストレーション系の一種です。室温付近では「逆120度構造」という特異な配置を取っており、全体としてスピンは打ち消しあっていて磁化はほぼゼロと見なすことができます。しかし積層カゴメ格子上のスピンが集団として「クラスター八極子」を形成しており、これが時間反転対称性を破る特殊な秩序パラメーターとなっています。これに起因して、巨大異常Hall効果、巨大異常Nernst効果、巨大光Kerr効果など、まるで強磁性のような巨大異常応答を示します。そのため、強磁性と反強磁性の両方の長所を兼ね備えた次世代高速スピントロニクスの候補物質として注目を集めています。

ちなみに、通常の金属にx方向へ電場を印加すると電流がx方向に流れますが、磁場をz方向に印加した状態で電場をx方向に印加すると、電子がローレンツ力を感じるために電流はy方向にも流れます。これは外部から磁場をかけることで時間反転対称性が破れることによって生じるもので、(正常)Hall効果と呼ばれ、一般にどの伝導体でも起こる現象です。これに対し、外部磁場を印加しなくても物質自身が時間反転対称性を破っている場合、磁場無しでもy方向に電流が流れることが知られており、こちらは異常Hall効果と呼ばれています。これは巨大な磁化を持つ強磁性体特有の現象と考えられていましたが、Mn3Snは磁化がほぼゼロの反強磁性体であるにもかかわらずクラスター八極子が時間反転対称性を破っているため、強磁性並みの異常Hall効果が現れるというわけです。いずれテラヘルツ周波数でスピンを高速駆動させることが可能になったとき、巨大異常Hall効果がテラヘルツ周波数帯でどのように現れるのかという点は重要な問題です。

我々のグループでは、Mn3Snが示す巨大異常Hall効果をテラヘルツ周波数領域で調べました。異常Hall効果による電子の運動を、テラヘルツ周波数帯に拡張すると、Mn3Sn試料を透過したテラヘルツ波の偏光回転を計測することに相当します。我々は0.5-2.0 THz周波数帯で0.05 mradほどの精度で偏光回転角が計測可能な精密偏光計測系を開発し、これを用いてMn3Snにおけるテラヘルツ周波数帯の異常Hall伝導度を調べました。その結果、20 Ω-1cm-1もの巨大異常Hall伝導がテラヘルツ周波数帯でも現れることを見出し、さらにそのHall伝導は1 THzほどの周波数帯までほぼ無散逸であること等を示しました。

詳細は以下の論文をご覧ください。T. Matsuda et al., Nature Communications 11, 909 (2020). 本研究は物性研究所の中辻グループおよびジョンズホプキンズ大学との共同研究により行われました。


スピントロニクスデバイスとしての応用だけでなく、基礎物理学的にもこの物質は広義のワイル半金属として最近大きな興味が持たれています。これは時間反転対称性または空間反転対称性の破れた半金属において、縮退のない伝導帯と価電子帯が運動量空間の1点で接触し(ワイル点)、線形分散が現れるという物質です。ワイル点周りの電子は質量ゼロのワイル粒子として振舞い、物質が持つトポロジーに由来する興味深い電磁応答を示すことから近年爆発的に研究が行われています。異常Hall効果の微視的な起源についてもこれまで盛んに議論されており、この物質が持つバンド構造から決まるBerry曲率によって電子が実効的な巨大磁場を感じて運動するためと言われています。我々は周波数が数THzに達することで異常Hall伝導の散逸が次第に顕著になっていくことを実験的に見出し、ワイル点周りでのバンド間遷移による光吸収によって説明できることを示しました。基礎物理的興味と機能性発掘の両面から、今後もこの物質の性質解明と光制御に向けた研究を進めます。





マルチプレート法による位相安定高周波テラヘルツ時間領域分光

工事中。















過去の研究テーマ (2011-2017)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の島野研究室において高強度テラヘルツパルスを用いた非平衡超伝導ダイナミクスの研究を行ってきました。

超伝導とは、金属中の電子と電子が結びついてクーパー対を形成し、ある種のボース-アインシュタイン凝縮を起こすことで生じる相転移現象です。1911年に初めて発見され、1957年のBCS理論によってその微視的メカニズムがほぼ解明されました。BCS理論で説明される従来型超伝導体の超伝導ギャップエネルギー(~meV)は、まさにテラヘルツ領域にあります。そこで、従来型超伝導体窒化ニオブに高強度テラヘルツパルスを照射して電子(準粒子)を高密度に励起し、その非平衡超伝導のダイナミクスをもう1つのテラヘルツパルスで観測する「高強度テラヘルツポンプ-テラヘルツプローブ分光」を行いました。


一般に、準粒子が励起されると超伝導秩序パラメーターが縮小し、超伝導は抑制される方向に働きます。温度上昇によって超伝導が消失するのも準粒子が熱励起されるためです。可視域の光パルスを用いて超伝導体を励起した場合には超伝導秩序パラメーターが緩やかに縮小し、やがて回復する様子がすでに調べられていました。では高強度テラヘルツ波を用いて励起すると何が違うのでしょうか。

超伝導ギャップよりも数百倍エネルギーの高い可視光パルスで励起した場合、励起された準粒子は非常に大きな運動エネルギーを持ちます。その余剰エネルギーが格子系に移って大量のフォノンを放出し、そのフォノンがさらにほかの準粒子を励起します。そのため光パルスが過ぎ去っても、電子系と格子系が平衡化するまでの間、超伝導は「励起され続ける」ことになります(光強度が十分強くなると光だけで超伝導を壊せるようになりますが、そのときには超伝導が完全に消失してただの金属になり、興味深い現象が現れなくなってしまいます)。一方、テラヘルツパルスで励起すると、超伝導ギャップ端ぎりぎりに余剰エネルギーをほとんど持たない準粒子を共鳴的に励起します。そのため格子系を加熱することなく電子系だけを励起して、テラヘルツパルスのパルス幅で決まる短い時間(~2ps)の間に準安定な非平衡BCS状態に到達できることを明らかにしました。

原著論文: R. Matsunaga et al., Phys. Rev. Lett. 109, 187002 (2012).


高強度テラヘルツパルスを使うと、超伝導状態を瞬時に非平衡にすることができる。この「瞬時に」というのが重要なところです。量子凝縮した状態に対して、系の応答速度よりも速く「非断熱的に」励起を行うと、ゆっくりと断熱的に励起した場合とは全く異なる現象が生じます。超伝導の場合、非断熱的な摂動を与えることで、秩序パラメーターの振動現象が生じることが1970年代に予測されていました。我々は従来型超伝導体Nb1-xTixNを用いて、高強度テラヘルツパルスで励起した後の超伝導秩序パラメーターの変化をもう1つのテラヘルツパルスで時間分解観測することで、秩序パラメーターの振動現象を観測しました。

この秩序パラメーターの振動は、超伝導に限らず様々な物質系から素粒子物理に至るまで、多くの相転移に付随して生じる普遍的な現象です。相転移の多くは対称性の自発的な破れによって生じます。この対称性の破れに伴い、秩序パラメーターの位相の揺らぎと振幅の揺らぎに相当する2種類の集団励起モードが出現します。位相方向の振動は「南部-ゴールドストーンモード」と呼ばれるのに対し、振幅方向の振動は近年では「ヒッグスモード」と呼ばれています。これは超伝導における秩序パラメーターの振幅の振動が、素粒子物理におけるヒッグス粒子と高い類似性を持つことに由来しています。本研究は、これまでに特殊な物質を用いて一例だけしか調べられていなかった超伝導のヒッグスモードを、典型的な従来型超伝導体を用いてテラヘルツ技術を駆使して初めて時間分解観測することに成功した例となりました。

原著論文: R. Matsunaga et al., Phys. Rev. Lett. 111, 057002 (2013).


超伝導状態は素粒子物理の舞台となる真空と高い類似性を持ち、物理学の歴史上でも対称性の自発的な破れやヒッグス機構等の基礎的な概念の形成に大きく関与してきました。にも関わらず超伝導のヒッグスモードがこれまでなかなか観測されなかった大きな理由として、ヒッグスモードは電荷を持たず、電気分極も磁気分極も伴わないため、「電磁場と相互作用しない(光を吸収したりしない)」という点が挙げられると思います。しかしそれは線形応答の話です。電磁場の強度が十分強くなると一般に非線形応答が生じます。高強度テラヘルツ波を用いることで、テラヘルツ周波数帯で超伝導の非線形応答を調べることが初めて可能になったわけです。

超伝導ギャップエネルギーよりも周波数の低い高強度テラヘルツ波(周波数ω)を超伝導体に入射したとき、その周波数ωの電磁場のもとで、秩序パラメーターがその2倍の周波数2ωで強制振動させられることがわかりました。興味深いのは、この強制振動と第三高調波は、高強度テラヘルツ波の周波数の2倍(2ω)がヒッグスモードの固有周波数(2Δ)と一致するときに共鳴的に増強するということです。またこの強制振動に伴って、周波数3ωの第三高調波が発生することを発見し、この第三高調波強度も同様に2ωと2Δが一致するときに共鳴的に増強することがわかりました。これは非線形応答領域におけるヒッグスモードと電磁場の共鳴現象を表しており、強いテラヘルツ波を用いることでこの集団励起モードが観測可能であることを示しています。その後電場の偏光依存性を詳細に調べることによって、この非線形応答が確かにヒッグスモード由来であることが確かめられました。

原著論文: R. Matsunaga et al., Science 345, 1145 (2014), Phys. Rev. B 96, 020505(R) (2017).

さらにもっと昔の研究テーマ (2006-2011)

京都大学化学研究所の金光研究室に大学院生として在籍し、カーボンナノチューブの励起子に興味を持って研究を行いました。当時の文章のままですが、今でも思い出深い研究です。


単層カーボンナノチューブは、直径約1ナノメートル(10億分の1メートル)、長さはその数百倍から数万倍以上にも達する1次元物質です。 その特殊な構造に起因して様々な興味深い性質を持つため、多くの分野にまたがって盛んに研究が行われています。 このカーボンナノチューブに光を当てて、その吸収や発光を調べることで、カーボンナノチューブの性質を調べることができます。 これにより、詳細な性質の解明、新しい物理現象の発現、将来のナノ光デバイスへの応用を目標に研究を行ってきました。


アハラノフ・ボーム効果を利用したダーク励起子の直接観測

半導体の単層カーボンナノチューブの発光スペクトルを磁場中で測定しました。 通常観測されるナノチューブの発光は、電子とホールが結びついた「励起子(エキシトン)」の再結合によるものです。 発光する励起子のことを「ブライト励起子」と呼ぶのに対し、発光しない励起子の存在も指摘されており、こちらは「ダーク励起子」と呼ばれます。 ダーク励起子の性質はナノチューブの発光効率にも関わるため、ここ数年大きな注目を集めてきました。 このダーク励起子を観測してその性質を調べることがこの研究の目的です。

円筒断面を貫くように磁束を印加すると「アハラノフ・ボーム効果」が生じて、ダーク励起子が僅かに発光すると考えられます。 そのため磁場中でナノチューブの発光を調べることが重要です。 従来の実験では、非常に多くのナノチューブを磁場中で同時に測定する手法がとられてきました。 しかし数十テスラの強磁場を用いても、もともとナノチューブ一本一本には著しい不均一性があるために、全体としては不明瞭な変化しか観測することができませんでした。

この研究の最大の特色は、単一、つまりたった一本のナノチューブの発光の磁場変化を調べたことです。 これにより数テスラ程度の弱い磁場中でも一本一本のナノチューブのごく僅かな変化を詳細に観測することが可能になりました。 低温(20 K)でチューブ軸に平行に磁場を印加することでダーク励起子の発光を直接観測することに成功し、その存在を明らかにしました。 また、ブライト励起子とダーク励起子のエネルギー差が数meV程度であることが分かりました。

原著論文: R. Matsunaga et al., Phys. Rev. Lett. 101, 147404 (2008).


室温でも安定に存在するトリオンの発見

ホールをドーピングした単層カーボンナノチューブ試料を用いて、「トリオン(荷電励起子)」を観測することを目的に研究を行いました。

励起子が「電子とホールの2粒子の束縛状態」であるのに対し、トリオンは、励起子にさらにもう1つの電子またはホールが結びついた「3粒子の束縛状態」です。 これまでに半導体量子井戸や量子ドットでトリオンの研究が盛んに行われてきましたが、カーボンナノチューブではトリオンの観測例は報告されていませんでした。 この研究では、電子親和力の高い有機物ドーパントをナノチューブ溶液に加えることで、ナノチューブに余分なホールを大量に注入し、その吸収・発光スペクトルを測定することで、トリオンの観測に初めて成功しました。

興味深いのは、トリオンの発光が室温で観測されたことです。他の半導体で観測されてきたトリオンは熱によって壊れやすく、そのため極低温でしか安定に存在できませんでした。 一方、カーボンナノチューブでは電子-ホール間のクーロン引力が非常に強いために束縛エネルギーが大きくなり、室温でも安定にトリオンを形成していることが分かりました。 また他の半導体と比べて、カーボンナノチューブはスピン軌道相互作用が非常に小さくて交換相互作用が非常に大きいという違いがあるため、トリオンの性質にもそれを反映した特徴が現れます。 近年の理論研究ではナノチューブのトリオンと光を利用した新しいスピン操作の概念が提案されており、今後の進展が期待されます。

原著論文: R. Matsunaga et al., Phys. Rev. Lett. 106, 037404 (2011).